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汚物は消毒

他人の創作物を改造する創作

北海道みやげの定番の熊の木彫りを改造してサイボーグにしたアーティストがいる。
誰でも知ってる木彫りの熊を加工した『クマボーグ』が話題に「かっけぇ!」「発想に脱帽」 - Togetterまとめ

もともとクマボーグというサイボーグ化された熊のおもちゃがあり、これはソフビ製なのだが、それを北海道土産の定番の熊の木彫りに手を加えて再現したらしい。
TwitterやTogetterのまとめでもこのユニークな作品に対して賞賛の声が多い。


ヒャア がまんできねぇ disだ!

この作品を見たとき、まず最初に発想が面白いと思った。だがどこかでもやもやした感じがした。
(その発想自体も元ネタありきだったということはこの際置いておく。他人の発想を他の手法で再現するだけでもそれなりに意味はあるだろう。)

それは、熊の木彫りというもともと完成していた作品に対して、それを改造という形で破壊することで、元の作り手の思いを蔑ろにしているように思えたからだ。(もともと壊れてるものを捨てずに素材として活かすのはいいよ?古着を使った端切れアートとか。でもこれはまったくの無傷だったやないか。)
そして上記のTogetterにまとめられた作者のツイートを見ると、元の作品やその作り手に敬意を払っていない態度が言葉の節々に露骨に伺える。元の木彫りに対して「こんなもん」とか、「愛情もってもっと素敵な置物に蘇らせてやる」とか書いて、まるで元の木彫りが適当に作られたダメなものと言わんばかりだ。
仮にもアーティストを名乗るなら他のアーティストの作品に敬意を払えよ…

もっとも、この木彫りはおみやげとして数多く作られている民芸品であり、「作品」という言葉に値するかどうかには疑問の余地がある。
こういう造形物のスペクトラムの一方の端には、芸術家による完全な一点製作の芸術品が存在する。そしてもう一方の端には、たとえばキューピー人形のような工場で大量生産される品物がある。
前者を改造して自分の作品の素材にすることは元の作品とその作者に対する冒涜と言っても、10人中9人ぐらいは賛成してくれるだろう。しかし、後者の場合は誰も何とも思わないだろう(せいぜい「作品のために切り刻まれたキューピーがかわいそう」ぐらいか?)実際キューピー人形の魔改造も一部ではやっているらしい。ユザワヤのような手芸店でもキューピー人形のセットが袋詰めで売られているが、つまりそういうことだ。
熊の木彫りはこの直線状のどこかに位置しているわけだが、手作業が伴う木彫りである以上はキューピー人形のような工業製品と完全に同列には扱えないだろう。かといって、おみやげとして数を捌く必要があるので、決して一点生産物などでもない。
だが、北海道の木彫り熊発祥の地は、どこだ!? | 北海道Likersあたりを読むと、芸術作品とまでは行かなくても少なからず職人が手間暇かけて作っているものであることがわかる。おみやげとはいえ「作品」と呼んでもいい(ものもある)だろう。
今回犠牲になった熊がどう作られたかは不明だが、職人が手間をかけて作った「作品」である可能性は十分にある。

他人の作ったものを素材にせず、自分で木彫りの熊からフルスクラッチすればよかったんだ。

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