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汚物は消毒

共食いキャラクターに関する一考察

共食いキャラクター
牛や豚や鶏が精肉店やレストランのマスコットになっているようなアレだ。
自らの欲のために同胞を屠殺する人間の仕事に加担し、あろうことかPR役を買って出ているのだ。
ナチスドイツによるユダヤ人の強制収容所で、一部のユダヤ人が同族の囚人を管理する仕事を任されていたという話を思い起こさせ、闇深いものを感じる。

…と思っていたのだが、とあるコメントを読んで、この考えを少し改めることにした。


豚が肉屋を支持するのはあたり前だろう? 国中の肉屋が廃業したら豚も絶滅するんだよ

スラドの記事「米評論家が「ドナルド・トランプ支持者の多くはポルノアニメファン」と発言して話題に」についたコメントだ(これ自体は自分の首を絞める主張をする政治家を支持する人間を「肉屋を支持する豚」と揶揄したコメントに対する返しのネタであり、共食いキャラクターとは関係ない)。
言われてみれば一理ある。豚が養育されるのは肉屋の需要があってこそなのだ。

そういえば某異星生物も似たようなことを言っていた。

( ◕ ‿‿ ◕ )「彼らは人間の糧になることを前提に、生存競争から保護され、淘汰されることなく繁殖している

と。
人間は家畜を利用して生活の助けとし、家畜は人間に利用されることで人間に自らを世話させている。それによって人間と家畜はQBいわく「理想的な共栄関係」を築いているのだ。品種改良が進んだ家畜の中には、もはや人間の介入なしに生きていけなくなったものもいるようだ。
この共栄関係が成立するには、人間にとって世話の手間に見合うほど家畜の利用価値が高くなければならない。利用価値の低い家畜は飼育されなくなり、やがて種として絶滅してしまうだろう。

共食いキャラクターはあえて人間の片棒を担ぎ、多くの同胞の命を奪う手助けをすることで、自らの種の利用価値をアピールし、種としての存続と繁栄を図っていたのだ。彼らの心中は血の涙を流さんばかりだろう。その覚悟には敬意を表さずにはいられない。

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